2025年7月1日に発見された恒星間彗星「C/2025 N1(3I/ATLAS; アトラス彗星)」は、太陽系の外から飛来したきわめて珍しい天体です。これまで恒星間天体として確認されているのは「C/2017 U1(1I/ʻOumuamua; オウムアムア)」と「C/2019 V4(2I/Borisov; ボリソフ彗星)」の2例のみで、研究者たちは太陽系外の物質がどのような特徴を持つのかを知るため、可視光、赤外線、電波など、さまざまな波長で観測を進めてきました。
太陽系内では、彗星がX線で輝いていることをご存知でしょうか。この現象は1996年の百武彗星で初めて発見され、その後いくつかの彗星でも確認されました。しかし、太陽系の外から飛来する恒星間彗星では状況が異なります。これまで恒星間彗星に対してX線観測が行われた例はあるものの、いずれも検出には至らず、太陽系内の彗星と同じなのか、それともまったく異なるふるまいを示すのかは、長らく謎に包まれていました。こうした背景のもと、きわめて活発な活動を見せていた 3I/ATLAS は、X線観測の絶好の対象として注目されていました。
この期待に応えるかたちで、X線分光撮像衛星 XRISM が、3I/ATLAS に対する臨時観測を実施しました。彗星が最も明るくなるのは、彗星が太陽に最接近する近日点付近です。しかし、XRISMに搭載されたX線観測装置は太陽近傍を直接観測することができず、太陽方向から60度以上離れていなければなりません。そこで、彗星が太陽から遠ざかって装置の観測可能範囲に入るぎりぎりのタイミングを狙い、協定世界時 (UTC) で2025年11月26日23時20分から28日20時38分にかけて、有効観測時間17時間にわたる観測を行いました。図1に示すように、観測中に彗星がおとめ座方向の空をゆっくり移動していくため、軟X線撮像装置 Xtend¹の視野の中心付近から外れないように、衛星の姿勢を約3時間に1回、合計14回にわたって微調整しながら追跡しました。
得られたデータを詳細に解析し、彗星を中心に合わせて画像を再構成したところ、図2に示すように、彗星の周囲およそ 5分角(約40万 km に相当)に広がる、かすかなX線の輝きが浮かび上がりました。この広がりは、XRISM の望遠鏡の結像性能の限界による像のぼやけだけでは説明が難しく、彗星の周囲を数十万 km にわたって取り巻くガスの雲がX線で淡く光っている可能性を示唆しています。ただし、望遠鏡の特性2や、検出器ノイズの影響でも似た構造が現れうるため、これが彗星に由来する放射の証拠であると確認するには、さらに慎重な解析が必要です。
彗星の周囲には、太陽光によって氷が蒸発して生じたガスの雲が広がっています。そこへ、太陽から吹き出す高エネルギー粒子である太陽風が衝突すると、電荷交換反応3と呼ばれる現象が起こり、特有のX線が放出されます。図3に、彗星の中心付近から抽出した Xtend のスペクトルを示します。炭素(C)や窒素(N)、酸素(O)といった原子に由来すると考えられるX線成分が、通常の背景放射(銀河系のX線放射や地球大気からの放射の重ね合わせ)だけでは説明できない形で現れました。これは、彗星ガスと太陽風の相互作用によってX線が発生している可能性を示す重要な手がかりとなるかもしれません。
今回の観測結果は、12月3日付で The Astronomer’s Telegram(ATel)4として速報公開されました。海外のX線天文衛星によるフォローアップ観測も始まっており、XRISM が世界に先駆けて取得した初期データは、X線による追跡観測を方向づける重要な成果となりました。今後 XRISM チームは、より精密なデータ処理と解析を進め、恒星間彗星の活動や太陽風との相互作用のしくみにさらに迫っていく予定です。
※観測装置の健全性と、想定通り観測が実施できているかを確認するため、地上のアンテナ局で受信した衛星の観測データを即時処理して作成したデータ。すぐに確認できるようにするため、いくつかの処理を簡易化している。
¹Xtend(エクステンド)
XRISM に搭載されている軟X線撮像装置。X線を集めるX線望遠鏡とX線を検出するX線CCDカメラで構成される。視野は約 38.5×38.5 平方分角 と非常に広く、銀河系内で超新星爆発した星の残骸のように大きな空間構造を持つ天体を一度に撮影しながら、同時にX線のエネルギーを測定してスペクトルを取得することができる。ISAS/JAXA をはじめとした国内大学・研究機関が中心となって開発され、精密X線分光を担う Resolve と対になる XRISM の2台の観測装置のうちのひとつ。
2望遠鏡の特性(ビグネッティング)
一様な明るさの空を撮像しても、視野の端ほど X線強度が弱くなる。中心部が相対的に明るくなるので、一見するとそこに広がった構造があるように見える場合がある。
3電荷交換反応
電子を失ったイオン原子と中性物質が衝突し、中性物質の電子がイオン側に移動する反応。電子を捕獲した直後のイオンは高エネルギー状態で、最も安定な低エネルギー状態に遷移する際に特性X線を放出する。
4The Astronomer’s Telegram(ATel)
研究者同士が、緊急性の高い新発見や速報情報を迅速かつ広く共有するためのオンラインサービス。いわば、天文学コミュニティにおける「緊急連絡網」。



