X線分光撮像衛星XRISM │ JAXAX線分光撮像衛星XRISM

XRISMが挑む宇宙の謎

XRISMは、星や銀河、そしてその間を吹き渡る高温ガス「プラズマ」を観測して、それらが作る宇宙の大規模構造の成り立ちや、天体間を行き交う元素とエネルギーの流れを、これまでにない詳しさで明らかにします。

天の川やアンドロメダなどの「銀河」は、太陽のような星の集団です。ひとつの銀河にはおよそ1,000億もの星が含まれます。また、銀河は宇宙全体で数千億個もあり、数百から数千の銀河が集まって一つ一つの銀河団を形成します。銀河団は、観測できる天体としては宇宙最大規模のものであり、物質がつくる宇宙の全体像を知るのにもっとも適した天体です。

銀河はときに「島宇宙」とよばれます。島のように、宇宙に広く点在するためです。人間の目に見える光(可視光)で宇宙を見ると、島の間には何もないように見えます。しかしX線で写真を撮ると、あたかも「島」を浮かべる「海」のように、高温プラズマが銀河の間に広がる様子がわかります。

地上の川や海、雲や雨のように、プラズマは、星や銀河、銀河団のあいだを循環しています。ですので、プラズマを観測することは、宇宙の物質やエネルギーの流れを知るうえでとても重要です。XRISMには、高温プラズマからのX線を観測し、それに含まれる物質の種類(元素)、温度、密度、速度をこれまでと桁違いの精度で測定する超高分解能X線分光撮像器(X線マイクロカロリメータ)が搭載されます。その能力をもって、XRISMは壮大な宇宙の謎に挑みます。

NASA/CXC/Villanova University/J. Neilsen

1銀河団の設計図─力学的進化─

宇宙最大の天体である銀河団は、数千万度の高温プラズマで満ちています。高温プラズマ中の電子や陽子は速度が大きく飛び散りやすいため、これを引き留めるためには巨大な重力が必要です。この重力の担い手が、正体不明のダークマターです。

ダークマターは単にプラズマを引き留めるだけでなく、銀河団の周囲にある物質をも引きつけ、銀河団をさらに大きな天体へと成長させ続けています。ダークマターは電磁波を出さないため、直接観測できません。しかし、X線を使って高温プラズマを観測することで、その分布や動きを推定できます。XRISMのX線分光撮像器は、これまでの装置ではわからなかったプラズマの速度も測ります。これによって、ダイナミックに成長する銀河団の設計図を明らかにしていきます。

宇宙の大規模構造「銀河団」は
どうやってできたか?

銀河団の構造は、基本的には、もっとも大きな質量を占める暗黒物質がつくり出す重力場と、高温プラズマ圧力との静的なバランスによって成り立っているように見えます。これは物理的には奇妙です。なぜなら、膨大な高温プラズマといえども、X線放射を出しながら次第に冷めていきます。冷めれば圧力が下がり中心部の密度が高くなります。密度が高くなると、さらに放射効率が上がり温度は下がる正のフィードバックが働き、密度の高い中心部は1~10億年程度で自分の重力でつぶれてしまうはずです。しかし、実際には銀河団は100億年のスケールで安定しており、崩壊の兆しはみられません。

では何者が、放射によるエネルギー流出を補填し、崩壊を止めているのでしょうか。その候補として、たとえば、周辺の冷却されていないプラズマからの熱伝導、高温プラズマ中を運動する銀河からのエネルギー供給、あるいは、中央部にある大きな銀河に含まれる超巨大質量ブラックホール(活動銀河核)から吹き出す高速のプラズマ流による加熱が議論されてきました。最初の候補は温度分布の精密な測定、あとの二つは、銀河周辺の高温プラズマの運動の様子が手がかりとなります。

XRISMの搭載する超高分解能X線分光装置は、元素輝線の精密な測定によって、熱運動の速度の数分の一にいたる精度で、プラズマの温度や元素の速度を測る能力を持ちます。すなわち、もし期待されるような加熱を引き起こすような運動が存在すれば、かならず検出し、銀河団の構造形成を巡る長きにわたる論争を決着させることができるのです。そしてそれは、より根本的な暗黒物質の分布や運動を通じて、その正体を解明することにつながるはずです。

2宇宙のレシピ─化学的進化─

宇宙が生まれてから最初の数億年間は、元素がたったの3種類しか存在しない、実に味気のない時代が続きました。私たちの体をつくるのに欠かせない炭素や酸素、文明を支える鉄などの金属は、いずれも宇宙の誕生から数億年以上あとで生まれた星の中でつくられました。これらの元素は、やがて星の爆発によって銀河の中や外へとまき散らされ、次の世代の、より豊穣な、惑星や生命を含む味わいのある宇宙をつくっていきます。この歴史を宇宙の化学進化といいます。

XRISMのX線分光撮像器は、これらの元素からの特徴的なX線を、これまでにない感度で観測し、さらには宇宙空間へと広がっていく速度も測定します。宇宙の元素がもたらす「味わい」のつくられ方(レシピ)を調べます。

宇宙の元素はどうやって
つくられてきたのか?

銀河団中の高温プラズマには、宇宙史的な規模での元素合成の歴史が刻まれています。恒星や超新星でつくられた元素は、星間空間を経て、水素を主とする銀河間プラズマを少しずつ酸素や窒素、金属元素などで豊穣さをましていきます。恒星や超新星の種類によって、つくられる元素の組成パターンが異なるので、それぞれの残した組成パターンを詳しく調べることで、数十億年にわたる元素合成の歴史と、それを生み出した恒星や超新星の歴史を知ることができます。

もちろん、これらの基本となるのは、我々の住む天の川銀河や、近傍の銀河でみられる超新星爆発の様子から得られた知見です。XRISMは、銀河系に数多く残されている超新星の痕(残骸)を、その優れた分解能でX線分光することによって、これまでみすごされきた、微量の元素の割合や、それらの拡散の様子を、これまでにない精度で測定できるので、元素合成の知見も大幅に深まります。

地上の川や海そして大気が地球の物質循環を担うように、高温プラズマは、宇宙の物質循環の場となっています。ビッグバンによって宇宙の始めにつくられた物質は水素やヘリウム、わずかなリチウムやベリリウムでした。惑星や大気や生命をつくっている重要な元素—酸素や窒素、ケイ素、さまざまな金属はすべて、恒星やその終末における超新星などでつくられました。

星でつくられた物質は、星間空間にひろがり、新たな恒星や惑星の材料として再利用されるほか、銀河間空間の高温プラズマにも広がっていきます。そして、この高温プラズマは、川や海、大気と同じように、「島」から「海」へと流れだし、再び「島」へと降り積もるさまざまな物質とともに、ダイナミックに運動しています。

ミッシングバリオン問題
へのアプローチ

X-ray (NASA/CXC/KIPAC/N. Werner, E. Million et al); Radio (NRAO/AUI/NSF/F. Owen)

高温プラズマの質量の大半をしめる陽子や中性子は、バリオン(重粒子)のなかでとくに寿命が長く、宇宙における物質生成の歴史において重要な位置を占めています。しかし、宇宙の歴史のなかで、バリオンは常に高温で電離していたわけではありません。

ビッグバン後、高温の宇宙で生成された最初の物質は、電離したプラズマでした。宇宙は膨張するにしたがって低温になり、宇宙誕生後30万年ぐらいになると、バリオンは電子と結合し、プラズマから中性原子となっていきます。その後、3億年ぐらいに最初の恒星が誕生し、その放射によってふたたび中性原子は加熱され、プラズマ化し、現在の高温プラズマがつくり出されてきたと考えられていますが、観測される高温プラズマの量だけでは、ビッグバン後に生成されたと推定されるバリオンに大幅に足りません。

これは、中間的な温度のプラズマが観測できていないためと考えられています。中性あるいは低温のガスは、電波や可視光分光によって観測できます。一方、高温プラズマは、それ自身がX線を放射するのでX線分光によって観測されます。しかし、残された中間的な温度のプラズマ、すなわち、1万度から100万度のプラズマを観測するのは難しいのです。

なぜなら、その温度のプラズマが発する熱放射は紫外線領域に顕著になりますが、その紫外線は宇宙に大量にある水素ガスによって減衰されるため、遠方から観測するのがきわめて困難だからです。このため存在が予想されるものの、観測によって確認されていないこれらは、ミッシングバリオンと呼ばれています。ミッシングバリオンの量と元素組成を調べることは、宇宙史における物質生成シナリオの残された重要なピースです。

XRISMによる超高分解能X線分光装置には、この中間温度のプラズマの観測の期待もかかっています。もちろんX線天文衛星であるXRISMでは、プラズマ自体の発する紫外光は見えません。しかし、太陽大気上層の比較的低温の彩層が、太陽の可視光スペクトルに暗線(フラウンホーファ線)をつくるように、明るいX線源に、この中間温度プラズマを透かしてみると、含まれる低電離元素による吸収スペクトルが見えると期待されます。光源としては、遠方の明るい活動銀河核などを用います。吸収線スペクトルから、プラズマの温度を知り、また元素組成を測るために、XRISMの超高分解能X線分光能力が必要とされています。

3時空のはて

宇宙には、どんなに高性能の望遠鏡を使っても絶対に覗けない領域があります。ひとつは、宇宙の膨張によって飛びさっていき、決して追いつくことのできない遠い宇宙。そしてもうひとつが、ブラックホールのなかです。

ブラックホールのそばでは、強い重力によって時空がひきのばされ、元素から出るX線も、その波長が長くなってしまいます。XRISMのX線分光撮像器は、このX線を精密に測定し、物質が時空の果てへと吸い込まれる様子や、ブラックホールの活動によってエネルギーが放出される様子を詳しく調べます。

コンパクト天体の回りの
プラズマの構造

ブラックホールや中性子星、白色矮星といった恒星が死を迎えたあとに残される「コンパクト天体」は、しばしば、周囲に非常に強い重力場に引き寄せられ渦巻くプラズマを伴っています。これは降着円盤あるいは降着流とよばれ、一般相対論が支配する重力場における時空構造を観測する天然のプローブ(探査子)です。

このプラズマは強いX線源となるので、これまでもX線天文学において熱心に研究が進められてきました。その大きな成果が、あすかによって発見された、光速近くの速度で回転する降着円盤からの鉄元素からの輝線スペクトルです。そのスペクトルには、ブラックホールが起こす重力赤方偏移による歪みがみられ、降着円盤が、実際に時空構造のプローブとして有効であることが示されました。

しかし、その後の研究によって、これらのプラズマ流は、当初考えられていたような単純な円盤ではなく、密度や温度が異なるさまざまなプラズマの構造をもち、それらが時間的に状態遷移をしていることがわかってきました。降着円盤を時空構造のプローブとして、さらに研究を進めるためには、それぞれの成分が錯綜するX線スペクトルを超高分解能X線分光によって仕分け、時間変化をふくめて観測することが重要です。

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