概要
冷たいガスが高エネルギーX線に照らされた際に放射する鉄Kα輝線は、X線源周辺の物質の分布や状態を調べるための手かがりとして、ブラックホールや中性子星などのX線観測で広く用いられてきました。今回XRISMは、降着型パルサー「ケンタウルス座X-3」から検出された鉄Kα輝線が、中性の鉄原子ではなく、電子が5個程度失われた「低電離状態」の鉄イオンに由来することを初めて明らかました。この成果は、XRISMが搭載するマイクロカロリメータResolve(リゾルブ)の優れた分光能力により、鉄Kα輝線に加えて鉄Kβ輝線も検出され、それらのエネルギーが約1eVの精度で測定されたことにより実現しました。本研究は、マクロな天体現象を宇宙の「実験場」として活用し、ミクロな原子の電子状態を診断する新手法を提示したものであり、XRISMがプロジェクトのエクストラサクセスに掲げた「新しいプラズマ物理学の研究に資する観測データの取得」にも適った成果となります。
研究の背景
鉄(Fe)は全元素の中で最も安定な原子核を持つことから宇宙に豊富に存在し、強いX線に照らされた際に蛍光輝線(図2)を出しやすい物質として知られます。そのためエネルギー6.4 keV(波長1.94Å)のFe Kα蛍光輝線は、X線源周辺の物質の分布や状態を調べるための手かがりとして、ブラックホールや中性子星などのX線観測で広く用いられてきました。物質の状態を知る上で、鉄の電離度(電子がいくつ剥ぎ取られたか)は重要な要素の一つです。
一般に、イオンの電離が進むと、輝線のエネルギーが変化します。例えば、電子が24個剥ぎ取られたヘリウム状の鉄イオンは、電子が16個剥ぎ取られたネオン状のイオンより高エネルギーのKα輝線を放射します。これは、電離が進むにつれて原子核のプラス電荷を遮蔽する束縛電子(マイナス電荷)の数が減り、輝線放射に関与する電子が原子核からの電気的引力をより強く受けるためです。しかし、図2左に示すように、2価から8価の低電離鉄イオンでは、電離が進むほど、Kα輝線のエネルギーがわずかに下がることが知られています。この現象は、鉄イオンが2価から8価まで電離する際、量子力学用語で「3d」と呼ばれる軌道にいる電子が順番に抜けていくことと関係します(図2)。
3d軌道の電子は、その総数が減るにつれて電子間の反発が弱まり、軌道半径が原子核側へと収縮する性質を持ちます(図2右下)。その結果、残りの3d電子の分布範囲が、内側にいる2p電子との空間的な重なりが増加します。これにより、2p電子が感じる原子核からの電気的引力がわずかに変化します。Kα輝線は、この2p電子が最も内側の1s軌道へ遷移する際に放射されるため、そのエネルギーは3d電子の状態の影響を受けるのです。但し、この効果によるFe Kα輝線のエネルギー低下は、最大でも4 eV程度に過ぎません(図2左)。
従来のX線観測ではその違いを識別することが難しく、6.4 keV付近に検出されるFe Kα輝線は、中性の鉄原子を起源とすることがよく仮定されてきました。XRISM衛星が搭載するX線マイクロカロリメータResolve(リゾルブ)は、6.4 keV付近で史上最高のエネルギー分解能(約4.5 eV)とエネルギー決定精度(約0.1 eV)を達成し、蛍光輝線のエネルギーから鉄の電離状態を識別することが初めて可能となったのです。
研究手法・成果
XRISMは、青色超巨星と中性子星からなる降着型X線パルサー「ケンタウルス座X-3」(図3)を、連星公転周期1周分(約2日)をカバーするように観測しました。観測は初期性能実証(PV)期の2024年2月に行われ、最初の科学成果論文は同年12月に発表されています[1]。この論文では、ResolveによってFe Kα輝線のエネルギーが中性子星の公転運動に対応した正弦関数状のドップラーシフトを示すことが確認され(図4)、その振幅からFe Kα輝線が青色超巨星の表面付近から放射されていると推定されました。一方、輝線変動の中心値(オフセット)は、ケンタウルス座X-3全体の視線速度を反映します。ところが、Resolveが測定した視線速度は、可視光観測により知られる視線速度より約100 km/s大きく、その原因が未解明でした。
今回、研究グループは、「研究の背景」で述べた鉄の電離の効果に着目し、ケンタウルス座X-3の観測データの再解析を行いました。先行論文では、Fe Kα輝線が中性の鉄原子に由来すると仮定されていましたが、輝線の発生源であるガスは、青色超巨星からの紫外線や中性子星からのX線を受けて、わずかに電離していてもおかしくないと考えたからです。既に述べた通り、低電離の鉄は、中性鉄原子と比べて1~4 eV程度エネルギーが低いFe Kα輝線を放射します(図2左)。6.4 keV付近に現れるFe Kα輝線において、1 eVのシフト(赤方偏移)は約50 km/sの視線速度に相当するので、先行論文で問題となった可視光観測との速度差を十分に説明できます。但し、Fe Kα輝線のオフセットだけでは、視線速度によるドップラー効果と電離度の効果を切り分けることができません。そこで今回の研究では、Fe Kα輝線に加えて検出されたFe Kβ輝線に着目しました(図5)。Fe Kβ輝線は、鉄イオンの1s軌道に空席ができた際に、3p電子が1s軌道に落ちる際に放射される蛍光輝線であり、2p電子に由来するFe Kα輝線の約10%の強度を持ちます。Fe Kα輝線とは異なり、Fe Kβ輝線のエネルギーは、電離度に対して単調に増加します(図2左)。従って、2価から8価の低電離鉄イオンにおいて、Kα輝線とKβ輝線のエネルギー差が電離度の良い指標となります。ケンタウルス座X-3では、鉄の平均的な電離度が5価程度であることが明らかになりました。さらに、この電離度を用いてドップラーシフトの解析を補正した結果、Fe Kα輝線の変動オフセットから求められる視線速度が、可視光観測による視線速度と誤差の範囲で一致することが確認されました。
波及効果・今後の見通し
XRISMは、プロジェクトの「エクストラサクセス」のひとつとして「新しいプラズマ物理学の研究に資する観測データの取得」という目標を掲げていました。今回の成果は、この目標を明確に達成したことを意味します。
今回注目した低電離の鉄輝線は、中性子星の他にも、白色矮星やブラックホール、星間分子雲、超新星残骸など、さまざまな天体で観測されています。本研究で提案した手法は、これら多様な天体に適用できるため、強磁場・強重力場といった極限環境の物理を明らかにするとともに、精密X線分光時代における基盤的な診断法となることが期待されます。
参考文献
[1] Mochizuki et al., 2024, Astrophysical Journal Letters, 977, L21
論文情報
タイトル: Energy shift of Fe-K fluorescence lines due to low ionization demonstrated with XRISM in Centaurus X-3
著者: Yutaro Nagai, Teruaki Enoto, Masahiro Tsujimoto, Hiroya Yamaguchi, Yuto Mochizuki, Ehud Behar, Lia Corrales, Paul A. Draghis, Ken Ebisawa, Natalie Hell, Timothy R. Kallman, Richard L. Kelley, Pragati Pradhan, Shinya Yamada, Toshiyuki Azuma, Xiao-Min Tong
掲載誌: Publications of the Astronomical Society of Japan
DOI: 10.1093/pasj/psag015



