X線分光撮像衛星XRISM │ JAXAX線分光撮像衛星XRISM

科学成果

科学成果 超大質量ブラックホール近傍の化学組成 ―極限環境の宇宙蛍光X線が照らし出した重い星の運命―

概要

銀河の中心は、星の誕生や死、そして物質がブラックホールへ流れ込む過程を理解する上で重要な場所ですが、これまで観測精度の制約から、その詳細な元素組成は明らかになっていませんでした。今回、X線分光撮像衛星XRISM(クリズム)は、地球から約1,300万光年離れた「コンパス座銀河」の中心にある超大質量ブラックホール周辺を観測し、この領域の元素組成をこれまでにない精度で測定しました。その結果、ブラックホールを取り囲むガスと塵の層(トーラス)から放射される「蛍光X線」を高分解能で捉えることに成功し、鉄に対するアルゴンやカルシウムの割合が太陽系よりも低く、逆にニッケルの割合が高いという特異なパターンを発見しました。 この特徴的な組成は、太陽の20倍以上の質量を持つ星の大半が、超新星爆発を起こさずにブラックホールに崩壊するシナリオと整合します。本成果は、2026年3月31日に英国の国際学術誌「Nature Astronomy」にオンライン掲載されました。

図1:枠内イラスト:コンパス座銀河中心部のイメージ。超大質量ブラックホール(中心の黒丸)付近の高温コロナから放出された連続X線(白色)が、それを取り囲むガスと塵の層(トーラス)にあたり、さまざまな元素からの蛍光X線が発生している(クレジット: JAXA)。背景の写真:ハッブル宇宙望遠鏡で捉えたコンパス座銀河全体の可視光画像(クレジット:NASA、 ESA)

背景: 銀河中心の化学史と星の運命を探る

銀河の中心に居座る「超大質量ブラックホール」がどのように成長し、周囲の環境とどう関わってきたかを知るためには、その周辺にあるガスの「元素組成(どの元素がどれくらい含まれているか)」を調べることが不可欠です。水素とヘリウム以外の元素の大半は、恒星(星)の内部で作られ、超新星爆発によって周囲にばら撒かれます。超新星爆発で放出される元素の量は、超新星の種類(重力崩壊型またはIa型;注1)や、元々の星の質量に強く依存します。よって、元素組成を調べれば、過去にどのような星が生まれ、どのように死んでいったかという「銀河の履歴書」を読み解くことができます。

しかし、銀河の中心部はガスや塵が非常に濃く、可視光(目に見える光)では中まで見通せない場合がほとんどです。さらに、可視光で観測される放射は複雑で、解釈に不確かさが伴います。それに比べ、X線は透過力が強い上に、物質との相互作用の物理が単純です。ガスを飲み込んで成長しつつある超大質量ブラックホール(活動銀河核;注2)の近傍には、10億度もの高温コロナが存在し、強い連続X線光を放射しています。それが周辺物質に当たると、物質に含まれる元素固有のエネルギーを持つ蛍光X線が発生します(図2)。それらの強度を測定することにより、元素組成を精密に調べることができます。しかし、従来のX線観測では、他の輝線と区別して微弱な蛍光X線を検出できる能力(エネルギー分解能)が不足していました。そのため、銀河中心ブラックホール近傍の正確な化学組成は、長年の大きな謎として残されていました。

研究手法・成果

2023年に打ち上げられたXRISMに搭載された軟X線分光装置Resolve(リゾルブ)は、これまでにない極めて高い精度でX線のエネルギーを測定できます。研究チームは、地球に最も近い活動銀河核の一つで、最も明るい鉄の蛍光X線を出しているコンパス座銀河(Circinus Galaxy:図1)を観測対象に選び、約30万秒にわたって集中観測しました。XRISMは、これまでの衛星ではぼやけて見えていた鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、アルゴン(Ar)、カルシウム(Ca)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)といった様々な元素の蛍光X線を、一本一本くっきりと分離して捉えることに成功しました(図2)。

図2:(下段)XRISM衛星搭載Resolve装置で取得された、コンパス座銀河の中心核のX線エネルギースペクトル(縦軸、横軸とも対数スケール)。Ar, Ca, Cr, Mn, Fe, Ni元素からの蛍光X線が見える。(上段)同スペクトルの鉄輝線付近の拡大図(縦軸のみ対数スケール)。メインピークの左側にある広がった成分は、一度放出された鉄蛍光X線が、別の場所にある電子により散乱されたもの(コンプトンショルダー)。これらの形状の解析から、蛍光X線が金属量の多く冷たい「トーラス」構造から放射されていることがわかった。(当該論文より改変して作成した図)

これにより、ブラックホール周辺のガスの温度や場所、そして詳しい元素の割合を計算することが可能になったのです。X線蛍光解析は、人工のX線発生装置を用いて地上での物質分析によく使われる手法ですが、今回の研究は、超大質量ブラックホールからの「自然X線」を用いることで、手の届かない遠方宇宙に適用したという点で、画期的といえます。観測データの分析から、以下の重要な事実が明らかになりました。

  • ガスの居場所の特定 鉄の蛍光X線の形状を分析したところ、この光を放っている物質はブラックホールから約0.08光年(約7,400億キロメートル)以上離れた、冷たくて金属が豊富な「トーラス」と呼ばれる構造にあることが分かりました。これは、超大質量ブラックホールに飲み込まれる直前のガスを直接観察していることを意味します。
  • 独特な元素の割合 今回判明した最大の驚きは、その元素のバランスです(図3)。太陽系近傍の元素組成と比較して、アルゴンやカルシウムは鉄に比べて少なく、ニッケルは鉄に対して多いという結果が出ました。これまでの理論モデル(超新星爆発の種類と数の組み合わせ)と比較したところ、このパターンは「比較的最近の星形成によって供給されたガス」であり、「金属量の多い環境では、太陽の約20倍以上の質量を持つ星の多くが、爆発せずにそのまま恒星質量ブラックホールへと崩壊する」と考えると自然に説明できることが分かりました(図4)。
図3:データ点(誤差付):コンパス座銀河中心のアルゴン、カルシウム、クロム、マンガン、ニッケルの鉄に対する組成比。太い緑線:最もデータをよく再現する理論モデル(青線:白色矮星を起源とする超新星の寄与。オレンジ:重力崩壊型超新星の寄与)。細い緑線:太陽の20倍の星が爆発すると仮定した場合の計算結果(カルシウムやアルゴンの量が多くなりデータを再現できない)。(当該論文より改変して作成した図)
図4:太陽の20倍以上の質量を持つ星の最終進化(左→中→右)のイメージ。(左)赤色超巨星、(中)中心部が重力崩壊するが、超新星爆発は起こさない、(右)カルシウムやアルゴンなどの元素(赤)はブラックホール(中心の黒丸)に飲み込まれる。(クレジット:JAXA)

この研究は、活動銀河核に、最近の爆発的星形成によって作られたガスが絶えず供給され続けているという描像を確立しました。まさに超大質量ブラックホールと銀河が共に進化している現場を捉えたともいえます。また、重い星が超新星爆発を起こさずに恒星質量ブラックホールになるという現象は、これまで理論的には予想されていましたが、実際の元素組成の観測からその強力な証拠が得られたのは今回が初めてです。進化の進んだ重い星の代表例は赤色超巨星として知られます。太陽の約20倍以上の質量を持つ赤色超巨星は実際に我々の銀河系内でその存在が知られていますが、一方でそのような重い赤色超巨星を親星とする超新星が近傍宇宙で見つかっておらず、これは「赤色超巨星問題」と呼ばれます。今回の成果は、この問題を解決する可能性があります。これは、宇宙における物質の循環や、ブラックホール形成過程を理解する上で、大きな一歩と言えます。

波及効果、今後の予定

今回の研究は、宇宙における元素合成の歴史を理解する上で、精密X線分光が非常に有効であることを改めて示しました。今後は、別の活動銀河核に同様の手法を適用し、銀河の性質によって銀河中心部のガスの成因が異なるか、調査する予定です。

用語解説

(注1) 重力崩壊型超新星=重い星の進化の最期に中心核が重力で潰れることによって起きる超新星。Ia(イチエイ)型超新星=白色矮星同士の合体または白色矮星にガスが降りろんぶん積もり限界質量を超えることで起きる超新星。

(注2) 活動銀河核=銀河中心の超大質量ブラックホールにガスが降着し、その重力エネルギーが解放されることで、X線を含めた様々なエネルギー帯域で中心核が非常に明るく輝く現象。

論文情報

タイトル: Accurate Determination of Chemical Abundances near a Supermassive Black Hole (超大質量ブラックホール近傍における化学組成の精密測定)
著者: XRISM collaboration (責任著者:Yoshihiro Ueda, Ryosuke Uematsu, Shoji Ogawa, Kotaro Fukushima)
掲載誌: Nature Astronomy
DOI: 10.1038/s41550-026-02817-6

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