X線分光撮像衛星XRISM │ JAXAX線分光撮像衛星XRISM

科学成果

科学成果 「殻」を壊したのは誰か? –XRISMが掴んだ、超新星残骸の鉄イオンに刻まれた急激な電離の証拠

概要

超新星残骸「いて座Aイースト」は我々の銀河の中心付近に位置し、銀河中心の巨大ブラックホール「いて座Aスター」と数光年という近距離にあることが特徴です。超新星残骸は星が一生の最期に起こす大爆発、超新星爆発が星間空間に生み出す高温のプラズマです。プラズマ中のイオンの量子状態を精密測定すると、自由電子の温度やイオンの電子殻の剥がれ方を正確に捉え、現在に至る進化の歴史を知ることができます。我々はX線分光撮像衛星 (XRISM) を用いて「いて座Aイースト」の観測を行い、爆発噴出物に含まれる鉄イオンの量子状態を精密測定しました。その結果、日本のX線天文衛星「すざく」を使った過去の研究でも示唆されていた、過剰に電子の殻が壊された (イオン化された) 鉄プラズマの存在を明らかにしました。電子殻の剥がれ具合は温度で表すと5000万度を超える一方、自由電子の温度は1900万度程度です。通常は高温な自由電子が衝突することで徐々に重元素の電子殻が剥がされるため、今回のケースは温度の大小が通常と逆転しています。この異常な状況は鉄原子の束縛電子が過去に急激に剥奪されたことを意味します。その原因の候補の一つとして、近傍の巨大ブラックホール、「いて座Aスター」の数千年前のX線フレアが「殻」を壊した可能性があります。

図1:超新星残骸いて座Aイーストの電波、赤外線、X線データから作成したイラスト。×印は巨大ブラックホールいて座Aスターの座標を示す。NRAO archive(電波)、ハッブル宇宙望遠鏡(赤外)、X線画像はチャンドラX線観測衛星による観測画像から作成。(Credit: JAXA)

研究の背景

重い星は一生の最期に超新星爆発と呼ばれる大爆発を起こし、星間空間に秒速数千kmの衝撃波を生成します。衝撃波は星間ガスや爆発噴出物を加熱し、高温のプラズマ状態に変えます。高温な自由電子*1が生成すると、重元素と衝突して重元素の電子殻を壊して (イオン化して) いくため、通常、電子殻はゆっくりと (数万年かけて) 剥がれていきます。しかし、いくつかの超新星残骸のプラズマは電子殻の剥がれ方が示す温度が自由電子の温度よりも高い「過剰な電子の剥奪」を示すことが分かっており、何らかの特殊な進化過程を経たと考えられています。実際にどのような物理過程が起こったのかを解明するには、天体のプラズマ状態のより精密な理解が必要です。イオンの量子状態*2を精密測定すると、自由電子の温度や電子殻の剥がれ方を正確に捉え、現在の状態に至る過程を精密に議論することが可能になります。

今回の研究でわかったこと

 「いて座Aイースト」は我々の銀河の中心付近に位置する超新星残骸で、銀河中心の巨大ブラックホール「いて座Aスター」との距離が数光年と近いことが特徴です (図1)。「いて座Aスター」は現在とても静かですが、数百年以上前の過去には激しく活動していたという主張もあり、それが本当ならば、「いて座Aイースト」にもその「傷跡」が見られる可能性があります。

我々はX線分光撮像衛星 (XRISM) を用いて「いて座Aイースト」の観測を行い、爆発噴出物に含まれる鉄イオンの量子状態を精密測定しました。ヘリウム状 (電子が2個) まで電子殻が剥がれた鉄イオンの輝線放射の微細構造を精密分光し、通常の超新星残骸の鉄イオンで起こりやすい自由電子の衝突による輝線と、過剰に電子殻が剥がれた鉄イオンで起こりやすい自由電子の再結合による輝線とを初めて分離しました (図2)。これにより、ヘリウム状、水素状イオンの数比を精密測定することができました。

図2:いて座AイーストのXRISM軟X線分光装置(Resolve)、軟X線撮像装置(Xtend)によるヘリウム状鉄イオンの輝線のスペクトルとプラズマモデル。(Credit: JAXA)

電子殻の剥がれ具合はプラズマの温度に換算するとおよそ5400万度であることが判明しましたが、これは電子を剥がす役割をもつ自由電子の温度である約1900万度を大きく超えています。この結果は、日本のX線天文衛星「すざく」を使った過去の研究でも示唆されていた、過剰な電子殻の剥がれを明らかにしました。

図3:通常の超新星残骸のプラズマと、いて座Aイーストで見られた過剰に電子殻が剥がれたプラズマの進化過程の比較。(Credit: JAXA)

電子殻の剥がれ具合と自由電子の温度の驚くべき乖離は、例えるならば「親鳥 (自由電子) が卵を温めていないのに、殻 (電子殻) が破れてヒナ鳥 (原子核) が現れている」ようなものです。この異常な状況は過去に急速な電子の剥奪が起きたことを意味します (図3)。この原因の候補の一つに、近傍の巨大ブラックホールである「いて座Aスター」の数千年前の強いX線フレアが考えられます。もしそうであれば、この超新星残骸、「いて座Aイースト」は巨大ブラックホールの活動の歴史が刻まれた貴重な「考古資料」であることになります。

研究の波及効果と今後の展望

 本研究は、銀河中心領域にある超新星残骸「いて座Aイースト」が特異なプラズマ状態にあることを決定づけました。特殊な進化過程を経た超新星残骸の量子状態を測定した稀有なデータは、巨大ブラックホールの活動や超新星爆発直前の恒星の活動について新たな角度から情報を与えます。また、科学的意義だけでなく、XRISMが初めて可能にした、広がったX線天体の精密プラズマ分光がいかに強力な武器になるかを示した点も重要です。XRISMや将来のミッションにより、今回のケースのように特殊な進化経路を辿った超新星残骸の系統理解の構築が進み、恒星進化の物理的理解が飛躍するでしょう。本成果はその皮切りとして方法論を示す役割も果たしたと言えます。

用語解説

  • *1自由電子:原子核に束縛されずに自由に動き回ることができる電子
  • *2量子状態:原子に束縛された電子の数やエネルギー準位、スピンなどの物理量が決定づける原子の状態

論文情報

  • 掲載誌:Publication of the Astronomical Society of Japan Letters
  • 論文タイトル:Overionized plasma in the supernova remnant Sagittarius A East anchored by XRISM observations
  • DOI: https://doi.org/10.1093/pasj/psae111
  • 出版日:2024年12月26日
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