国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、X線分光撮像衛星(XRISM:クリズム)に搭載された軟X線撮像装置(Xtend:エクステンド※1)および軟X線分光装置(Resolve:リゾルブ※1)のファーストライト観測データを公開いたします。
XRISMは初期機能確認運用を実施しており、バス機器の機能確認に引き続き2023年10月7日から観測装置の機能確認と調整をすすめ、Xtend・Resolveともにファーストライト観測運用を行いました。Xtendは、10月14日から10月24日にかけて約7億7000万光年の距離にある銀河団Abell 2319の観測を行いX線画像取得に成功しました(図1)。また、Resolveは、12月4日から11日にかけて大マゼラン星雲にある超新星残骸(星の爆発の痕) N132Dの観測を行い、精細なX線スペクトル(※2)を取得することに成功しました(図2)。
図1に示す銀河団の画像で、紫色がX線を放射する高温プラズマの分布を示しています。これまでのX線の観測では視野の制約から銀河団の中心部のみを観測するか、複数回の観測で外側までカバーしていましたが、Xtendでは一回の観測で銀河団の全体をとらえることができています。この銀河団は銀河団同士が衝突している天体で、Xtendによる画像は二つの銀河団それぞれに付随する高温ガスの分布もとらえています。銀河団同士の衝突現象の全貌、ひいては宇宙の大規模構造の進化を理解するには銀河団の外側まで広範囲にわたる観測が必要です。Xtendのファーストライト画像は、銀河団や宇宙の大規模構造の進化の理解が格段に進むという期待を持たせてくれます。
図2の白色で示したのはResolveによるX線スペクトルです。1,800-10,000 eVの帯域に渡って、さまざまなイオンからの輝線(※3)が見えています。灰色で示したX線天文衛星「すざく」のスペクトルと比較すると、Resolveのスペクトルは、「すざく」では見分けることができなかった複数の輝線を分離できていることがわかります。輝線を分離できることで、観測している高温ガスに含まれる元素の種類と量、高温ガスの温度や運動速度をこれまでよりもはるかに正確に導くことができます。このようにResolveの特長は、高エネルギー帯の超高分解能分光観測です。エネルギー分光精度は、要求7eVに対してそれを超える5eV以下の性能を軌道上で確認することができました。繊細な検出器を保護するための保護膜(※4)をまだ開けていないためResolveのスペクトルは、まだ1,800eV以上に限られていますが、 この帯域での世界最高の輝線感度は明らかです。 これらの輝線は、この超新星の起源となった恒星内部や超新星爆発によって作り出されたもので、Resolveの観測により、恒星や惑星、さらには生命のもととなるこれらの元素の宇宙における生成・流転について、新しい知見が得られることが期待されます。
現在、衛星の状態は正常で、定常運用段階への移行を目指して初期機能確認運用を続けています。これまで、バス機器(電源系、姿勢制御系、通信系など)の機能確認を完了し、設計どおりに動作していることを確認しました。X線天文衛星(ASTRO-H)から改善した恒星センサ、太陽センサ、故障検知機能も正常に動作しており、安全性が向上しています。Xtendは検出器(X線CCD(※5))を所定の-110℃に冷却し、すべての観測モードで画像が取得できることを確認しました。Resolveは検出器(X線マイクロカロリメータ(※6))を極低温の-273.1℃(0.05K)に冷却して安定的に制御することに成功し、要求以上の分光分解能が達成できています。現状、検出器を保護する膜の開放が所定の手順で実施できていませんが、より適切な環境条件に変更して再実施する計画です。保護膜を閉じた状態でも画期的な観測成果が期待できるため、2024年2月からは定常運用段階に移行し、保護膜を開放する運用と並行して、初期較正検証のための本格的な観測を開始する予定です。
(※1) Xtend : X線望遠鏡とX線CCDによるX線撮像分光器。
Resolve : X線望遠鏡とX線マイクロカロリメータによるX線分光器。
双方とも撮像分光のいずれも行うが、Xtendは撮像を、Resolveは分光をそれぞれ特長とする。
(※2) X線スペクトル:各エネルギー帯のX線がそれぞれどれくらいの量放射されているかを示すもの
(※3) 輝線:各元素の特有のエネルギーをもつX線放射。特性X線。
(※4) 保護膜:Resolveの検出器のX線入射部に取り付けた保護膜。地上で大気から検出器を保護するとともに、打ち上げ後の衛星内部のアウトガスが検出部に付着するのを防ぐ働きがある。閉めた状態でもX線をつかった機能性能確認ができるように、入射部には250ミクロン厚のベリリウム膜を持つ。ベリリウム膜によって約2,000eV以下のX線は遮蔽されるが、搭載機構によって膜を開くと、300eVから観測可能になる。
(※5) X線CCD: 可視光の望遠鏡と同じように、天体からやってくるX線を捉えて画像を撮影することができる。原理は市販のデジタルカメラと基本的に同じだが、X線に対す る感度を上げる工夫が施されており、半導体 に入ったX線が電子に変換され、電気信号に変わることで画像を得る。
(※6) X線マイクロカロリメータ:X線が素子に当たった時にごくわずかに温度が上がることを利用して、エネルギーの大きさを測る装置。マイクロカロリメータを使うと、観測対象のX線天体の温度や組成などを非常に精密に計測できるようになる。