概要
宇宙の多くの恒星は「連星」として生まれ、互いの重力や物質の影響を受けながら進化します。その中でも「はくちょう座X-3」は、大質量星の一種であるウォルフ・ライエ星とブラックホール候補天体からなる特異な連星系です。この連星系では、ウォルフ・ライエ星が放出する膨大なガスがブラックホール候補天体に吸い寄せられる際、強烈なX線が放射され、光電離プラズマが形成されます。
X線分光撮像衛星(XRISM:クリズム)はこの連星系を観測し、ウォルフ・ライエ星から吹き出すガス(星風)や、ブラックホール候補天体に落ち込むガスの、詳細な動きを捉えることに成功しました。この連星は将来的にブラックホール同士の連星系となり、重力波を放つ天体になると予想されています。XRISMのデータ解析により、この天体の進化過程の理解がさらに進むことが期待されます。
研究の背景
私たちが暮らす太陽系は、太陽という単独の恒星を中心とする惑星系です。一方、宇宙に存在する恒星の大部分は、「連星」として生まれることが知られます。連星とは、2つ、もしくは3つ以上の恒星がグループとなり、お互いの重力の影響を受けるだけでなく、物質を輸送し合いながら進化します。連星の形成や進化のメカニズムを知ることは、宇宙の歴史を知る上でも極めて重要です。
「はくちょう座 X-3」は、そんな連星の中でも極めてエキゾチックな天体です。夏の夜空を彩る「はくちょう座」の方向、約3万光年の距離にあり、可視光では見えません。代わりに、赤外線やX線で観測されます。連星の一方は、ウォルフ・ライエ星と呼ばれる種族の大質量星で、1年間に地球数個分の質量に相当するガスを放出し続けています。そしてもう一方は、太陽の数倍の質量を持つ、小さめのブラックホール候補天体(ブラックホールもしくは中性子星)です。こちらも、元々は大質量の恒星として生まれ、超新星爆発によって今の姿になったものと考えられます。
「はくちょう座 X-3」のウォルフ・ライエ星とブラックホール候補天体は非常に近接しており、公転周期はたったの5時間弱しかありません。つまり、ウォルフ・ライエ星から放出される大量のガスの中を、ブラックホール候補天体が激しく飛び回っているような状況です(図1)。ガスの一部はブラックホール候補天体の重力に吸い寄せられ、強烈なX線を放ちます。1秒あたりに放射されるX線のエネルギーは、太陽が放射するエネルギーの数日〜10日分に相当します。このX線に激しく照らされることで、周囲のガスは電離します。これを「光電離プラズマ」と呼びます(図2)。
観測成果
XRISMは、初期性能検証(PV)期の2024年3月下旬に、普段よりもX線で増光していた「はくちょう座 X-3」を観測し、光電離プラズマの詳細なスペクトルデータを取得しました(図3)。軟X線分光装置Resolve(リゾルブ)の圧倒的な分光性能によって、様々なイオンによる輝線や吸収線が分離されています。今回、このスペクトルを調べることで、ウォルフ・ライエ星から吹き出すガス(星風)や、ブラックホール候補天体に落ち込むガスの、詳細な動きを捉えることに成功しました。
例えば、7 keV付近に検出されたFe25+輝線がトレースする最も電離が進んだプラズマは、秒速数100 kmの速度で公転運動するブラックホール候補天体に引きずられるように動いていることが明らかになりました(図4)。X線源であるブラックホール候補天体の最近傍で、特に激しい光電離が起こっている様子がわかります。
今後の展望
「はくちょう座X-3」は、やがてウォルフ・ライエ星側も超新星爆発を経てブラックホールとなり、最終的には重力波源として知られるブラックホール同士の連星になると予想されます。今後XRISMのデータをより詳しく調べることで、このエキゾチックな天体が、どのような過程で作られ、今後どのような進化を辿るのかが明らかになると期待されます。
論文について
- タイトル:The XRISM/Resolve view of the Fe K region of Cyg X-3
- 著者:XRISM Collaboration
- 掲載誌:The Astrophysical Journal Letters
研究チームメンバー
- Ralf Ballhausen (NASA/GSFC, University of Maryland)
- Timothy Kallman (NASA/GSFC)
- 小高 裕和(大阪大学)
- 袴田 知宏(大阪大学)
- 三浦 大貴(東京大学・JAXA/ISAS)
- 山口 弘悦(JAXA/ISAS)
- ほかXRISM Collaborationメンバー