2024年9月20日開催、XRISMの記者説明会
超新星残骸の超高温プラズマと巨大ブラックホール周辺構造
X線分光撮像衛星XRISM(クリズム)は、昨年(2023年)9月7日の打上げ後、初期機能確認運用を行い、本年2月より約6ヶ月にわたって初期性能検証(PV)観測を進めてきました。今回は、PV期に得られた観測成果の中から、既に学術専門誌への論文掲載が決まっている2件についてご紹介します。
本成果のポイント
- 超新星残骸の鉄イオンの温度が摂氏100億度に達していることを明らかに。
- 巨大ブラックホールを取り巻くトーラスの内縁半径を約0.1光年と決定。
超新星残骸や巨大ブラックホールは、いずれも銀河全体に物質とエネルギーを循環させる「風」を生み出し、宇宙の進化に影響を与えます。今回の成果は、そのプロセスを理解する手がかりとなります。
1. ファーストライト観測が目撃した超新星残骸N132Dの超高温鉄
超新星残骸N132Dは、地球から約16万光年の距離にある大マゼラン雲の天体で、約3千年前の超新星の痕跡であることが知られます。超新星は、星の一生の最期に起こる大爆発です。この爆発によって、元の星を構成した物質が秒速数千〜数万kmという凄まじい速度で宇宙空間に拡散します。拡散による運動エネルギーは、衝撃波を介して熱エネルギーへと変換され、X線を放つ高温プラズマ天体が作られます。これが「超新星残骸」です。超新星残骸は、星の爆発によって放出された様々な重元素とエネルギーを星間空間に供給し、やがて次の世代の星々や高エネルギー粒子の生成を促すことで、銀河全体の進化にも影響を与えます。私たちが暮らす太陽系や生命の誕生にも、元を辿ればこうした「宇宙の物質・エネルギー循環」が密接に関わっているのです。
では、超新星残骸には、どれだけのエネルギーがどのような形態で存在し、それらがどのようなプロセスを経て星間空間に行き渡るのでしょうか。その手がかりを与えるのが、XRISMによる精密分光観測です。図1に、XRISMがファーストライト観測で取得したN132DのX線スペクトルを示します。ケイ素(Si)や硫黄(S)、鉄(Fe)などの「特性X線」が検出されています。今回私たちは、これらの特性X線を使った重元素の温度測定に成功し、超新星爆発の際に作られた鉄のイオンが、約100億度に達していることを明らかにしました。
重元素の温度は、イオンの熱運動によるドップラー効果を調べることで測られます。熱運動とは、プラズマ中の重元素イオンのランダムな動きのことです(図2)。特性X線は、このように熱運動をする個々のイオンが放出します。このとき、「光のドップラー効果」により、観測者(XRISM)に対して近づくイオンから出された特性X線は波長が短く、遠ざかるイオンから出された特性X線は波長が長くなります。この効果が、プラズマ中の全てのイオンに対して足し合わされるので、観測される特性X線のスペクトルは、幅が広いものとなります。また、イオンの温度が高いほど熱運動の平均速度が大きくなるため、観測される特性X線の幅もより広いものとなります。
私たちは、この効果に加えて、超新星残骸の膨張によるドップラー効果も考慮に入れて観測スペクトルの分析を行いました。その結果、ケイ素や硫黄を含む超新星残骸の外層部のプラズマは温度が約1千万度と比較的低いのに対し、残骸内部の鉄は約100億度に達していることが明らかになりました。これまでにも、超新星残骸中の鉄が衝撃波によって超高温に熱せられることは理論的には予想されていましたが、観測的に確認することは困難でした。優れた分光性能を持つXRISMによって、イオンの熱運動によるドップラー効果を初めて捉えることができたため、温度の測定が可能となったのです。今回観測された超高温鉄イオンの存在は、冒頭で述べた宇宙のエネルギー循環プロセスの貴重なスナップショットです。今後、XRISMによる様々な超新星残骸の観測を通して、超新星から供給された重元素やエネルギーが星間空間へと拡散・循環するプロセスが、より詳細に解き明かされると期待されます。
2. 精密分光で明らかにした巨大ブラックホールの周辺構造
NGC4151は、地球から約6200万光年の距離に位置する渦巻銀河です。その中心核には、質量が太陽の約3千万倍と推定される巨大ブラックホールがあります。NGC4151に限らず、多くの銀河の中心には、太陽の数百万倍から数十億倍という巨大な質量を持つブラックホールが存在します。巨大ブラックホールは、宇宙の初期に形成された後、周囲の物質を吸い込みながら成長したと考えられますが、いつ、どのように、どれだけの勢いで成長したかは十分に理解されていません。また、ブラックホールは周囲の物質を吸い込むだけでなく、吸い込みきれなかった物質を吹き飛ばすことで、銀河全体の進化にも大きな影響を与えると考えられています。ブラックホールもまた、宇宙における物質・エネルギー循環のキープレーヤーなのです。
それら一連のプロセスを理解する上で重要な手がかりとなるのが、ブラックホール周辺の物質分布です。一般に、明るく輝く巨大ブラックホールの周囲には、「分子トーラス」と呼ばれる塵に満ちた領域が存在することが知られます。今回XRISMの観測は、NGC4151の分子トーラスの内縁半径を約0.1光年と決定するとともに、さらに内側の物質分布まで詳しく調べることに成功しました。
この研究において威力を発揮したのが、XRISMが得意とする速度測定です。前章同様、特性X線が受けるドップラー効果を利用しました。但し、今回は熱運動によるドップラー効果ではなく、ブラックホール周囲の「公転運動」によるドップラー効果を観測します。図3に、その原理を示します。分子トーラスを含め、ブラックホールの周辺物質は、円盤状の構造をなしてブラックホールの重力圏内を公転します。この円盤を横方向(実際には斜め上方向)から見ると、円盤の片側は常に観測者(XRISM)に向かって近づき、反対側は常に遠ざかるように運動するので、それらのドップラー効果の重ね合わせによって、観測される特性X線の幅が広くなります。また、太陽の周りを公転する地球が、その外側を公転する火星や木星よりも速く運動するのと同様に、公転半径が小さいほど、すなわちブラックホールの近くの物質ほど、公転速度が大きくなります。したがって、公転速度の大きさから円盤の公転半径が求められます。
私たちは、この原理を利用して、NGC4151の巨大ブラックホールの周辺構造を調べました。その結果、XRISMが検出した鉄の特性X線には、少なくとも3つの構造体からの放射が寄与することが明らかになりました(図4)。このうち最も幅の狭い成分が、分子トーラスの内縁部に対応し、その公転半径が約0.1光年であることがわかりました。また、分子トーラスよりもさらに内側には、約0.01光年の内縁半径を持つ広輝線領域(BLR)と、ブラックホール近傍まで続く降着円盤が存在することも確認できました。分子トーラスなどの構造体は、長年の研究によりその存在が知られていますが、その形成メカニズムは未だ明らかになっていません。今回のXRISMの観測は、ブラックホール周辺の物質分布を調べる新たな手段を提供し、分子トーラス等の形成メカニズムやブラックホールの成長過程を知る手がかりを与えました。今後、XRISMによる様々な銀河の観測によって、巨大ブラックホールが銀河全体の成長に与える影響も詳しく理解されると期待されます。
XRISM科学運用の現状と今後の展望
XRISMチームは、PV期に実施した40天体の観測を通して、観測機器の性能を確認し、データ解析方法の確立を進めてきました。PV期に得られた観測結果には、多くの新しい科学的な知見が含まれており、順次、成果を公表すべく準備を進めています。
PV観測と並行し、昨年11月から今年4月にかけて、公募観測期に観測する天体の提案を募集しました。世界の研究者から、計310件の観測提案があり、JAXA, NASA, ESAそれぞれで選考し、予備の観測提案も含め104件の観測提案を採択しました。その結果は、8月2日にXRISM研究者向けウェブサイトで公表しております。XRISMは採択された提案を9月上旬から約1年をかけて観測する予定です。
XRISMは、所期の目標を上回る分光性能など、優れた機器性能を軌道上で達成しています。PV観測と公募観測によって、様々な新発見がもたらされると期待されます。
本研究成果は、天体物理学専門誌に掲載されます。
- タイトル: The XRISM First Light Observation: Velocity Structure and Thermal Properties of the Supernova Remnant N132D
著者名:XRISM Collaboration
掲載誌:Publications of the Astronomical Society of Japan
DOI https://doi.org/10.1093/pasj/psae080
- タイトル:XRISM Spectroscopy of the Fe Kα Emission Line in the Seyfert AGN NGC 4151 Reveals the Disk, Broad Line Region, and Torus
著者名:XRISM Collaboration
掲載誌:The Astrophysical Journal Letters
DOI 10.3847/2041-8213/ad7397